眞鍋金栄堂は、創業明治13年。大正初期から明治初期にかけ、大阪が“大大阪”と呼ばれ世界有数の大都市として発展していくのと同時に、眞鍋金栄堂も“仲物菓子(現在の半生菓子の原型)”の製造所として全国にその名を轟かせていきました。フィルムに残されている昭和6〜7年頃の製造所の風景を見る限り、いかに活気があったかが伝わってきます。職人の手作業による伝統的な製法は、現在もほぼ変わらず大切に受け継がれています。
生菓子の水分を30%以下に抑え、日持ちを良くした“半生菓子”。戦中は暑さにも強く日持ちがするので、ゼリーなどが南方に出向く陸海軍に重用されたとか。しかし大阪空襲で製造所は全焼。一時はやむなく製造中止となるものの、戦後には大阪市住吉区に移転し、現在まで創業当時の製法を守り続けています。
日本人の四季を愛でるこころ。それは、この国に暮らす者が共通の記憶として理解できる“自然の息吹”のようなもの。春には桜、夏には水辺、秋には紅葉、冬には雪景色…そんな四季と共に生きるこころ模様を繊細で愛らしいカタチに表現している半生菓子。原材料は寒天・水飴・砂糖など至ってシンプル、今風に言えばヘルシー。カラフルで“映える”半生菓子は、SNSでも話題となっています。


